
12歳で水泳界に彗星のように登場し、小学生で初の五輪代表(幻のモスクワ五輪)となる。ロス五輪では、平泳ぎ100m6位、200m4位とともに入賞。トップスイマー、そして日本人初の国際オリンピック委員会選手委員としての業績を活かし、水泳教室や講演会で、多くの人々にスポーツの楽しさを伝えている。また、停戦直前のサラエボで子供のためのスポーツ大会を開催するなど、社会貢献にも取り組む。「長崎宏子のベビーアクアティクス」を創設し、0歳からの水泳教室が「子育てスイミング」として盛況。
◇所属(有)ゲンキなアトリエ
| 生年月日 | 1968年7月27日 | 出生地 | 秋田県 |
|---|
| 1980年 | モスクワ五輪日本代表(日本不参加) |
|---|---|
| 1984年 | ロサンゼルス五輪日本代表 平泳ぎ100m 6位 200m 4位 |
| 1985年 | 米国留学(7年間) | 1988年 | ソウル五輪日本代表 | 1995年 | スポーツコンサルティング会社「ゲンキなアトリエ」の設立に参画。 | 1998年 | 「長崎宏子のベビーアクアティクス」を創設 |
| 2001年 | 秋田県立総合プール名誉館長に就任 |
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